時を想う。

10月6日 隣町の茂原では32℃を越す暑さでした。
キャンプ場も暑かった。
今日も様々な業者がキャンプ場改修のために来ました。
こちらはニューヨーク浄化槽工事です。
浄化槽のどこかで漏電しているため、地元業者にお願いしました。


完成です。

次に本館2Fの壁紙を張り替えていただきます。

古い壁紙を取り除いています。
1の部屋

2の部屋

午前、私は事務仕事や原稿を書きました。
キャンプスタッフは肉体労働だけではないのです。

午後、灼熱無風の中、植木をしました。

台風でたくさんの木が倒れ、たくさんの木を木を切り倒しました。
伐採すると同時に植木、植林をする必要があります。
幸いキャンプ場には良い木がたくさんあります。
景観の良い、風にも強く、宿泊棟の目隠しにもなる植木をしました。



これはニューヨークの側に生えていたハナミズキに似た木です。
これを移すことにしました。

アラスカ横に植えることにしました。
灼熱の中での穴掘りはさながら修行そのものでした。
なぜ汗は出るのでしょう?
身体を冷やすためですが、汗はもともと血なんですよね。

完成。
根が張るといいな。
そして緑が溢れるといいな。

ワークデイにて奉仕者が槇の木をひっこぬいてくれました。
私はそれをキャンプ場で発見し、植えることにしました。
植える場所はシベリヤ前。

こうなりました!!

槇の木の枝を切って、挿し木をしてみました。
これも根が張るといいのですが。


私はGW:グラウンドワークをしている時、ずっと考えています。


今日黙想していたのは、伐採することと植えることです。
伝道者の書3章を思い巡らしていました。
「天の下では、何事にも定まった時期があり、すべての営みには時がある。
 生まれるのに時があり、死ぬのに時がある。
 植えるの時があり、植えた物を引き抜くのに時がある。」



「神のなさることは、すべて時にかなって美しい。」


私の目には、木を切ったらこうなればいい。
そして木を植えたら、こうなればいい。
という実現可能な、短いスパンでの妄想はできます。
ただし、それが本当に願い通りになるとは限りません。
だけど、私にはその時に、つまり今、やるべきことを最大限にやりきるしかないと思っています。



有限の、ちっぽけな、アホな私が「神の時」の1単位になるなら、それは感謝なことで、スゲーことなのです。
なので、目の前の状況や人を出来るだけ大事にしたいと願っています。
そんな事をちょっとだけ思い巡らしていた「日」でした。


ローマ書12章15節
「喜ぶ者といっしょに喜び、泣く者といっしょに泣きなさい。」


追伸
今日嬉しい連絡がありました。
一つは私を支援くださっているある教会の信徒からでした。
その方は家庭集会のリーダーで、その家庭集会(毎週木曜開催)にて私のことを祈ってくださっているとのことです。
神様が想いを与え、私は祈られ、支えられているのです。


もう一つは、ある信徒がhi-b.a.支援会(10月22日午後、初キャンプ場開催!!)に、参加したいと連絡くださったことです。


このように嬉しい連絡がありました。
嬉しいことも、大変なこともシェアします。
共に喜んでくださいね。