岩本助成先生の思い出と311

今日は一日シトシト雨日でした。

レーニングキャンプのため備えました。






岩本助成先生を思い出したのはフェローシップホールの椅子を拭いている時でした。
素晴らしい説教者である師は開拓規模の少人数の教会で奉仕されていました。


先生は「週末、私は会堂を掃除します。礼拝に来られる兄姉を覚え祈りつつ、座られる椅子を拭くのです。」


20代そこそこの私には先生の言われていることがあまりピンときませんでした。
なぜなら、先生には大会衆が見合っている。そして掃除は教会の方がしてもいい。と思ったからです。


今、先生のメッセージの意味を受け止められるようになりました。
牧会は、そこにいる方のために祈ることが肝であること。
大多数に心が惹かれるのですが、ボンヤリした霞を捉まえようとしていることを今更ながら知りました。
そんなことを思い返しながら、トレキャンに参加する高校生やOB、スタッフを覚えて祈りました。椅子を吹きながら。


岩本先生、ありがとうございます。




ブラウニーを焼きます。



ラジオから311哀悼番組が流れました。
14時46分 1分間の黙祷をしました。


「主のみこころなら、私たちは生きていて、このことを、または、あのことをしよう。」ヤコブの手紙3章15節


私は神様にhi-b.a.キャンプスタッフとなるよう招かれ「生きて」います。
掃除をしたり、草を引っこ抜いたり、ペンキを塗ったり、ご飯を作ったり、誰かに祈りを要請したり、誰かに仕えていくことを一生懸命しましょう。
高校生を愛しましょう。と黙祷しました。


ブラウニー焼けた!!


私の守備位置はどこかな?
大昔のサッカーシステムにはリベロがありましたが、それに近いかもしれません。
守備に入っているのですが、時に前線に上がり攻撃参加するのです。

ただチームメンバーがいてこそのシステムです。誰かが欠けたら、補います。
メンバーひとりひとりが、大切な大切な一員です。