教会のある方のこと

ケサハ キンキン カチコチ デシタ。

今日の銀杏、そして

去年11月頃の銀杏

ー私たちは苦しみや哀しみの中を通らされる。しかし、決して破壊されることはない。ー
これは私が所属する教会で牧師から繰り返され語られるメッセージです。


礼拝後、ある方の見舞いに行きました。
その方は、年末に突如難病に冒されました。
身体全身が痛みに襲われ、寝ることも、立つことも、見ることも出来なくなりました。
今日はその方から、苦しみの中での得た事を伺った。



それは、光と闇、
十字架に向かうイエスの苦しみがこれまで以上にリアルに理解(分かる)ようになったこと。
また、私のために祈られていることが実感でき、私もまた教会の方ひとりひとりのために、これまで以上に祈ることできるようになったということでした。


身体に麻痺は幾らか残っていますが、深い力を得て明らかに若返り、輝いているのです。



「苦しみに会ったことは、私にとってしあわせでした。
 私はそれであなたのおきてを学びました。」詩篇119:71



「私たちは、四方八方から苦しめられますが、窮することはありません。途方にくれていますが、行きづまることはありません。迫害されていますが、見捨てられることはありません。倒されますが、滅びません。いつでもイエスの死をこの身に帯びていますが、それは、イエスのいのちが私たちの身において明らかに示すためです。」Ⅱコリント4:8〜10


「わたしの恵みは、あなたに十分である。というのは、わたしの力は、弱さのうちに完全に現れるからである。」Ⅱコリント12:9


「私は、私を強くしてくださる方によって、どんなことでもできるのです。」ピリピ4:13



その方の輝く姿を見て、これらのみことばが本当に真実であることを知りました。
素晴らしい見本が教会にいらっしゃること、
互いに祈り、祈られていることの素晴らしさを心から感謝しました。